有楽町駅を中央口から出ての東京交通会館、有楽町イトシアが望める広場の辺りは現在では視界の開けた明るい場所となっているが、戦後しばらくは周辺地域の中で最も開発が遅れた、はっきり言えばゴチャゴチャとした暗い雰囲気の場所だったようだ。
その原因を作ったのは終戦後にやってきた進駐軍である。朝日新聞社(築地移転前は現在有楽町マリオンが在る場所にあった)が有楽町の歴史をまとめた本にはこう書かれている。
占領軍は第一生命館をGHQ総司令部にしたあと、有楽町周辺の焼け残ったビルを片っ端から接収した。朝日生命館は憲兵隊本部に。三信ビルには通信隊が入った。つまり、この街は米兵たちの巣となった。
オフ・リミット(日本人立ち入り禁止)のクラブ、キャバレーが軒を並べ、靴磨き少年と娼婦たちが米兵のあとを追いかけた。酔った黒人兵と白人兵の喧嘩もしょっ中起きた。娼婦やポン引きが、かれらの手で数寄屋橋から外濠に投げ込まれたりした。有楽町は日本人が卑屈になりやすい地域だった。
てな感じの日本人がおいそれと手を出せない治外法権的地域だったところに、米兵の豊かさに目をつけて書かれているような「パンパン・ガール」達が集まってきて、さらに現在の東京交通会館と有楽町駅の間の辺りにはスシヤ横丁呼ばれる闇市バラック通りも出来て、彼らの「食欲」「色欲」を相手に商売をするというカオスの屋上屋を重ねた肉体の門地帯になっちゃったわけだ。
有楽町イトシアが出来る前、駅からマリオンへ向かう辺りにはそういうゴチャゴチャした雰囲気がなんとなく残っていたのを覚えている人も多いかと思う。闇市系と三国人系に駅前を占有されて、その後の再開発に苦しむってのは首都圏ではよくあった話とはいえ、有楽町もそうだったとは知らなんだ。
スシヤ横丁は今も残っている新宿しょんべん横丁をパワフルにしたような感じで、米兵達が去ってからも駅前で安酒が飲める場所として大いに賑わっていたようだ。しかし、通りから漂う便所臭など周辺住民からすると環境上アレな感じもパワフルだったために当然のように再開発の要望も出て、昭和37年頃から立ち退きが始まることになる。どうも、オリンピックで外人に妙な所を見られたくないってのもあったらしいが、パンパンやっといて今更だろ。当時、都庁(現在の東京フォーラム)が近かったってのもあって官憲側が気合を入れたのか立ち退きやらのスピードは比較的速かったようだ。
下は昭和38年に現在のマリオン辺りから撮られた写真。若干分かりにくいが、中央辺りから掘り下げられているのが交通会館になる場所。線路沿いにゴチャゴチャと立ち並ぶスシヤ横丁がまだ確認できる。
再開発の目玉はその東京交通会館だったわけだけど、完成してからもスシヤ通りの店舗は若干残っていて、最後の店であるだるま鮨が強制撤去されたのは昭和43年。下の写真がその時の状況を有楽町駅中央口の方から写したもの。スシヤ横丁の店舗がどう並んでいたか良く分かるね。交通会館と駅の間の道路は後から出来たんだな。その下はちょっと近いアングルで現在。
今回紹介するのは、そんな歴史を背負った東京交通会館地下にある純喫茶「ローヤル」。
また純喫茶かよって言われそうだが、ユルくて良いじゃん純喫茶。
交通会館は説明したように40年以上経つ建物なので、中に入っている店舗もなかなかシブトイ店が多いわけである。十年ほど前から、地方の観光物産系の出店が増えて入れ替えがそこそこあるものの、特に地階で生き残っている店は歴戦のツワモノといった感じで味もシブトイ店が多い。その中の揚げ物キッチン大正軒はお勧めの店だし、甘味「おかめ」なんかはいずれ紹介したいと思ってる。残念ながら、ゲームセンターCXにも出てきたレトロゲームセンター「リノ」は潰れちゃったんだけど。
「ローヤル」も交通会館が出来た頃から変わらなく続いているシブトイ店である。
「ローヤル」は有楽町駅中央口を出てから交通会館へ向かって、着いてすぐの大きなシャンデリアがある階段を降りると楽に入れる。来たのはカナリしばらくぶりだったんだけど、相変わらずモロ純喫茶だ。写真を撮る時、横の婦人服屋がちょっと邪魔だなと思ったんだけど、純喫茶パワーで写りこんだ婦人服も違和感無いな。達筆で書かれたショーケースの名札からして只者じゃない感じだ。
店に入ると、渋いオッサンウエイターに「どうぞお好きな席に。」と丁寧に言われる。そうだ、ここは基本オッサンウエイターだったんだ。
店内はレジがあるブロック、その奥の厨房があるブロック、さらにその奥といった感じでなんとなく三つに分かれて結構広い。今回は一人でふらりと来たので入ってすぐのレジのあるブロックの端っこへ。
端から店内を見渡すと、ラグジュアリー(真木蔵人風に)な感じの椅子とやたらと太い仕切りのロープ(正式名称なんて言うんだろう)、ちょっと小さくねと言いたくなるような熱帯魚が泳ぐ水槽、天井や壁にやたらとある鏡、そして客の具合を注視するオッサンウエイターと。うーん、スキが無い。店名が「ローヤル」なのに縁起物の熊手が飾られているのもポイントが高い。
とか感じ入っていると、先ほどのウエイターとは別の手だれの甲賀忍者といった感じのオッサンが注文を取りに来たので、メロンソーダとハニートーストを頼む。チョイス甘すぎだろ。オッサンも「えっ」みたいな顔してるし。というか、このシリーズでコーヒー頼んでないな。まあいいや。
いい焼け具合の厚いトーストに蜂蜜をかけただけというシンプル極まりないハニートーストは中々奥深い味で、そこそこの人気メニューのようだ。
その甘~いハニートーストを甘~いメロンソーダで流し込んでいると、隣の夫婦がウエイターに「禁煙席は…」と聞いて、「いえ禁煙席は…」と返されていた。禁煙席がないってのも昔の喫茶店的で良い。朝日新聞社が有楽町マリオン辺りにあったというのは上で紹介したけど、交通会館は彼らが食事を取ったり、打ち合わせをしたりという場所だったらしい。昭和のオヤジ共は禁煙もなにもないもんな。
そういう五月蝿いブンヤ系オヤジを黙らせる方向に進化したこの店の接客は見ていて気持ちが良い。
「ローヤル」のようなキッチリと仕事をしながらある種のユルさがあるこの手の喫茶店が好きなのは、変な押し付けがましいさがないことだ。気合を入れてコーヒーを入れてくれる店はそれはそれで美味しくて良いんだけど、時々「珈琲道とはっ!」みたいなメンドクサイ店に当たったりして、ちっともリラックスできないなんてことがたまにあるしね。
このシリーズで取り上げる店を選ぶ基準ってのは前回の「丘」で書いたように、店内の時間の流れが外と違うっていう辺りなんだけど、ここは店内だけでなく交通会館の地階全体がノスタルジーじゃないリアル昭和な時間に包まれた稀有な場所だ。丸の内や銀座のキラキラした世界に疲れたら是非訪れて欲しい。「ローヤル」だけじゃない、自分に合った店が見つかるんじゃないかと思う。
純喫茶「ローヤル」
東京都千代田区有楽町2-10-1 東京交通会館 B1F
電話:03-3214-9043
基本無休だが交通会館休館日は休み
平日:8:00~20:30
土曜日:11:00~18:30
日曜・祝日:11:00~18:30
※現在(2011年8月)節電等のため、終了時間が早くなっているようです。遅くに行く場合はご確認を。
東京都千代田区有楽町2丁目10−1
De’Longhi (デロンギ) 全自動コーヒーマシン
パナソニック コーヒーメーカー 全自動 ミル付き
ネスプレッソ カプセル式コーヒーメーカー エッセンサ ミニ