前回の交通会館の「ローヤル」では有楽町の過去を終戦直後の闇市の時代から振り返ってみたが、その闇市の時代に国内最大のマーケットがあったのが今回取り上げる新橋西口である。
戦争中に現在のSL広場やニュー新橋ビルを含んだ一帯は空襲による延焼被害を少なくするため強制的に建物疎開が行われ二千五百坪を超える土地が火避地として空き地になっていた。終戦後は物資不足の状況下で抜群の立地ということもあり、勝手に露店の闇市が開かれ盛況を博していたが、そこに目を付けたのは新橋から愛宕界隈が“シマ”だった関東松田組組長・カッパの松こと松田義一。松田も戦争中は中国に出征するなど結構な苦労をしており、単に利潤を求めてのものというわけでもなく、物資の入手に困る庶民への義侠心もあってマーケットの建設を目指したらしい。
空き地で開かれている青空市場の統制に困っていた都は松田組からのマーケット建設申請をあっさりと許可。当時勢力を伸ばし社会不安の種となっていた「三国人」との対抗勢力への支援ということで警察も協力するような形となり、露店の撤去も早々とマーケットの建設は速やかに開始される。
しかし、完成目前にの松田義一は破門していた舎弟の一人に個人的怨嗟から射殺されてしまい、その跡目は妻の松田芳子が継ぐことに。この“女親分”の活躍は当時から新聞やら雑誌やらに取り上げられ、その後新東宝で『女王蜂』シリーズのモデルになったりもしたので、モノズキな方は知っているかと思う。
この松田組の状況を組織の弱体化とみた「三国人」勢力はマーケット建設の現場事務所を襲撃、マーケットの権利の奪取を図るが、“女親分”は組織をしっかりとまとめ上げるとともに露天商組合や地元商店主からの協力も取り付けて防備を固め、10台のトラックに分乗して再度の襲撃にやってきた「三国人」勢力に横流れの航空機用機関銃を乱射し見事撃退に成功する(新橋事件)。
そんな波乱を乗り越えて昭和21年の8月、建坪が二千坪に近い日本国内最大の闇市「新生マーケット」は完成。他を圧するその規模で当然のごとく大盛況で、入居店舗も完成前に全部決まっていたそうだ。
下の写真がマーケット建設の立役者、中央が松田義一で左に立つ女性が松田芳子。
しょうがないというか、実物は三原葉子とはずいぶん違うな。その後松田組は「三国人」勢力との抗争でGHQににらまれ、マーケット完成一年ほどで組を解散させられてしまうんだけど。
昭和22年の航空写真で確認すると「新生マーケット」がどのような規模だったか確認ができるが(赤い部分)、ほとんど現在のニュー新橋ビルの敷地と重なっている。さらに昭和38年を見ると“松田組時代”を過ぎても「新生マーケット」は闇市臭を残したまま続いているのが分かる。しかし、そろそろオリンピックが開催されるこの頃から東京都は再開発の下準備を進めていたらしく、昭和41年になると立ち退きが開始。そして、3年後に整理・解体が終了。ニュー新橋ビルの建設が始まり、ようやく新橋西口から闇市の影が消えていくことになるわけである。
今回紹介する喫茶店は今じゃ一部でオヤジビルなんてい言われている、そのニュー新橋ビル内にあるわけだが、駅前西口のビルと言われても分からない人は新橋駅ホームから見える格子状の外壁を見れば、あぁアレかとピンと来るんじゃないかと思う。が、知ってるけど入ったことが無いって人が多いんじゃなかろうか。実は自分もチョコチョコと新橋で飲んだりはするが、ほとんど前を通り過ぎるだけで殆ど中に足を踏み入れたことは無かった。新橋の飲み屋街は広いしね。
というわけで、未知の場所となれば喫茶店の紹介は後回しにして、まずはビル内に探索をせねばならない。
ビルに入ると、一階はよくある駅前雑居ビルの商店街といった感じで特に変わったところは無い。ジューサーのあるスタンドなど懐かしい感じのお店もあるが、場所を考えると珍しくないかなという。
が、地下に降りてびっくりした。飲み屋だらけなのだ。しかも、ほとんどが小店舗。ビルが出来て闇市的空間が無くなったというわけではなく、実はそこにあった店舗のほとんどは移転せずにビルの中に取り込まれていたのである。うーん、オッサンの背中が似合うぜ。店の前で客引きをする女性が異国の人ばかりというのもまたいい。
オドロキのまま二階に上がってみると、今度はマッサージ店だらけ。地下同様に異国の女性たちが次々に「メッサジドデスカ?」と声を掛けてくるので「メッサジイイデス」と断りながら歩くことになる。言っとくけど、シモ系のマッサージ店じゃないよ。針治療系の店もあるしね。まぁ入ってないんで実際知らんけど。そんなマッサージ店の間に釣具屋やスポーツ用品店があるのがなんとも。小さいゲームセンターが三店舗もあるのも謎だ。
三階に上がるとなんと肉の万世が。流石オッサンにやさしい店だ。このビルの三階に入るとは渋いぜ。この階には雀荘、歯科医院、法律・会計事務所が多い。「新生マーケット」も一階は店舗系、二階は事務所系という造りになっていたらしいが、やっぱりこのビルは正しく闇市を引き継いでいるんだな。ここで売れるの?と聞きたくなるような感じでファミコンショップも何故かある。
最後の四階に上がると驚きの囲碁会館。苔の付いてそうなジーさんが子供のような顔をして打っているのを見てこっちも楽しくなる。店員もしっかりバーさんだ。囲碁知ってたら通うのに。この階には鉄っちゃん専門店から普通のクリニックまであったりする。しかし、飲みから身体のケアまでって至れり尽くせりだな。
このビルの中をウロウロしていて思ったのは、なんかコレ中野ブロードウェイの雰囲気に近くないかっていう辺り。でも、あっちは古本の臭いがするけど、こっちは丹頂チックの臭いがするんだよね。人によってどっちが居心地が良いか分かれるところだろうけども。
そんな感じで一回りしたということで魔窟探索はこの辺まで。そろそろ店の紹介に入ろう。
まず一店舗目は地下にある喫茶フジ。
店の前に来るとイカにも昭和なショーケースがお出迎え。妙に甘いもんが充実しているラインナップだが、商品見本のクリームソーダがオレンジに変色している辺りもまた昭和っぽくていい。
仕事帰りに探索もしたのでやや腹も減っているっていうことで、何か食い物にチャレンジしようと思って気になったのが昔ながらのサテン軽食が並ぶセットメニューの中で異彩を放つ生姜焼だ。地方の洋食屋なんだか喫茶店なんだか分からない店ではたまに見かけたりするが、都心じゃ珍しいんじゃないの。
ベタな喫茶店メニューもツマラナイしこれにするかと店に入ると、店に壁にドーン大きなと富士山の写真が。なるほどこれで店の名前がフジか。
80席ほどある店内はそこそこ広く、写真を撮るため奥の席に座ろうと思ったが接客範囲を減らすためか「予約席」となっていたので仕方なくその手前の席に座る。ウエイターが運んできた水を飲みながら、店内の状況を見渡すともう飲みに行くような時間というのもあってリーマンが居らず客層が謎で大変よろしい。自分の後ろじゃもう引退していいだろっていう年齢のジーさん二人組が会社の資金繰りの話をしている。唯一の若い客は浴衣を着たキャバ嬢と思われるお姉さんだけだ。
ウエイターは特に動く必要の無いときは直立不動で客を注視。しかも、客が目線を気にしたりしないようにテレビを見るようなふりをしている。素晴らしい。
店内は以外にも明るい雰囲気で、大画面42インチの液晶テレビが二台、世界陸上を流している。この開けた雰囲気の中で軽食じゃないガチ飯を食うのかと、ちょっと心細くなっていると、狙い済ましたようにウエイターが生姜焼をキビキビと持ってきた。しかも箸かよ!
で、生姜焼はどうだったかというと、正直普通だった。美味しかったと言ってもいい。タレがしっかりかかっていて好みの生姜焼だ。スライス肉三枚で1000円ってのはややコストパフォーマンス的にどうかという気もするが、コーヒーも付いてるし、定食屋じゃないからね。
隣に後から来たリーマンが親の仇を討つような勢いでナポリタンを食べて、あっという間に出ていったが、もしかするとここではそうやって食うのが正しいのかもしれない。
コーヒーも飲み終わり、レジに向かうと「Edy(エディ)」のマークがあるので驚く。この辺のオッサンはエディっつったらビバリーヒルズでフォード大統領をストリップに連れて行ったり、ニューヨークに嫁さん探しに行く方のエディしか知らんのじゃないか。代金を払っての帰りしな、壁に向かってあるカウンター席を見たらモジュラージャックがあるのも確認した。マックなんかで仕事するより、ここの方がいいな。以前紹介した無線LAN完備の居酒屋「村役場」もそうだけど、古き良き部分を守りながらもフレキシブルな進化の出来る店ってのは居心地のいい店が多い。客の方をちゃんと見てるかっていうことなんだろうね。
てなわけで、喫茶フジはオッサンパラダイスでありながら、キチンと進化してオッサン以外も受け入れる度量もあるフトコロの深い店なのでした。
喫茶フジ
東京都港区新橋2-16-1 ニュー新橋ビルB1F
電話:03-3580-8381
定休日:日曜・祝日
平日:8:00~22:00
土曜日:8:00~18:00
二件目は三階にあるカトレア。
今回変則的に二店舗紹介なのは、探索中に古い日活映画の登場人物達が店の中で語り合ってそうなラウンジ風内装が外からも確認できて、どうも余り紹介されないような店のようなのでモッタイなくて急遽出すことにしたわけなのだ。
全90席と喫茶フジよりも広く、店内は開放感がある。贅沢な感じのクリーム色の革張り椅子と丸テーブルがレトロでいい。店の奥はお約束のように鏡張りになっており、オープン時にはカナリ内装に金を掛けたと思われる。今こういうラウンジ風にしようとするとヤンキー・ファンシーテイストが混入して、こういう雰囲気の店にはならないだろうな。
やさしい色のライトが照らす窓側(通路側)席に座り、クリームソーダを注文する。そんなにミドリイロの飲み物が好きか。フジでもう飯くったし、コーヒーも飲んじゃったんだよ。メニューを置きつつ、テーブル端をみると、どうもこの店は健康系ジュースをプッシュしているようだ。やっぱりオッサンにやさしい。
入ったときには気づかなかったが、店の中央寄りにグランドピアノが置かれている。っていうか、節電のためなのか扇風機置きになってて気づかなかったんだ。今は弾かれることも無いんだろうか。
クリームソーダは筆箱のような大きさのお盆に乗って運ばれてきた。他の店で飲む一般的なメロンソーダ系よりもナンか濃ゆく、悪いもの飲んでる感が非常にいい。
しかし、驚くのはこの店の静寂っぷりだ。というか7時を過ぎると、この時間に三階まで上ってくる人間はあまり居ないようだ。喧騒を避けて静かな時間をすごしたい人にはオススメだな。
外観も落ち着いていて、とてもいい。オッサン寄りを排除して、もう少し店内の雰囲気を押す形でテコ入れすれば、もう少し若い人の取り込みも出来るような気もするけれど、でもこのままで居て欲しいような、居て欲しくないような不思議な雰囲気の漂う喫茶店である。
今回、オマケのように訪れてしまったので、また何時かゆっくりと来ることにしよう。
カトレア
東京都港区新橋2-16-1 ニュー新橋ビル3F
電話: 03-3504-2200
FAX: 03-3580-6615
定休日:土曜・日曜・祝日
平日:10:30~19:30
東京都港区新橋2丁目16−1
今回二店舗紹介なんで重くてスイマセン。東口の「闇市」に関しては以下から。
新橋駅前ビル 「パーラー キムラヤ」 カフェブックマーク
同じニュー新橋ビルの喫茶店なんでこちらも紹介。
ニュー新橋ビル 「喫茶室 ポワ」 カフェブックマーク
そして、“新橋事件”の続いての“渋谷事件”に関しては以下を。
渋谷 西村總本店「道玄坂フルーツパーラー」 カフェブックマーク
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